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長崎地方裁判所佐世保支部 昭和60年(わ)328号 判決

主文

被告人を徴役六月及び罰金三〇万円に処する。

本裁判確定の日から三年間右徴役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは、金三〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(本件犯行に至るまでの経緯)

被告人は、長崎県佐世保市〈以下省略〉の自宅を事務所として軽貨物運送業(軽車両等運送事業)を営んでいるものであるところ、同業者の増加による収益の減少傾向が目立ち始めたため、昭和五七年ころ、「小荷物運送も、例えば五キロメートルまで八〇〇円という一律の運賃ではなく、客が利用した距離に見合つた細切れ的な運賃システムをとれば利用客が増えるのではないか。また、デパート等で買つた品物をその日に持ち帰りたいという買物客の心理に応えるため、その荷物と一緒に荷主を乗せる運送を行えば利用客が増えるのではないか。」と考え、いわばその運送中は客に車を貸し切つた形で貨物と一緒にその客を運送し、利用距離に見合つた料金を徴収するという営業システム(以下「軽貨タクシー行為」という。)を発案し、キャブオーバー・バン型軽四輪貨物自動車(以下「キャブ型軽自動車」という。)に「キャブ」と表示した天井灯を取り付け、料金算定のための料金メーター等を車内に備え付けるなどして、軽貨タクシー行為を開始した。被告人の右行為を知つた長崎県陸運事務所(現在の九州運輸局長崎陸運支局)は、同五八年暮れころから数回にわたつて、右軽貨タクシー行為が無免許タクシー営業として道路運送法に違反する旨口頭あるいは文書で警告をなしたが、被告人は、「貨物」の概念について定義がないとし、「自分たちは貨物を主体にした運送を行つているものであり、荷主の要望に応じて荷主を道案内人として貨物と共に、同乗させているにすぎない。」との主張を繰り返し、一方で利用客に便利な稼働態勢がとれるよう軽貨タクシー行為に同調する個人の軽貨物運送業者らと共に「キャブ佐世保協会」を結成、組織化し買物袋等携帯手荷物を所持した買物客を対象に軽貨タクシー営業を続けた。同六〇年五月九日、道路運送法の改正・施行により、一般貨物自動車運送業者による有償旅客運送行為が禁止され(同法二四条の三)、軽貨タクシー行為ができなくなつたが、被告人は「貨物の定義について何ら根本的な解決をしない改正法は悪法だ。」とし、警察や陸運局の目に留まらぬよう、これまでキャブ型軽自動車に取り付けていた天井灯、ワッペンを取り外し、料金メーターは車内ダッシュボードの中に隠すなどして、自己保有のキャブ型自動車五台(従業員運転手B、D、Fら六名)を使い、キャブ佐世保協会の加入者であつたH、Jら車両持込業者七名と共に、従前からの一部顧客の需要に応じ、隠れて軽貨タクシー行為を行つたが、収益は上らず、車両一台当りの売上げも落ち込む状態であつた。被告人は、なんとかキャブ型軽自動車を使つた旅客運送形態を残し、収益を向上させたいとの気持からその方策を考え、東京在住の弁護士とも相談し、今度は新に消費生活協同組合を設立し同組合保有の自家用車両を使用して右生協組合員を運送する方式を企画し、同年六月下旬ころ従前右軽貨タクシー行為に使用してきた自己所有の五台の軽貨物自動車を事業用から自家用に登録替えしたうえ、未だ消費生活協同組合法に基づく組合認可申請もなされておらず、もちろん組合認可もないのに、長崎県内の軽貨物運送業者に呼びかけ、将来、認可申請する協同組合名を「長崎サービス生産共済生活協同組合」と決める一方で、その設立準備のためとして、従来から消費者に名の知れた「キャブ」の名を用いた「長崎県キャブ共済会」(以下「共済会」という。)なる発起人会を考え出し(第一回発起人会議は同六〇年六月二五日)、右共済会の名で募集した会員を有償運送することとした。

(罪となるべき事実)

被告人は、運輸大臣の免許を受けないで、一般旅客の需要に応じ軽四輪貨物自動車を使用して一般乗用旅客自動車運送事業を営むことを企て

第一  従業員Bと共謀のうえ、別紙一覧表(一)記載のとおり、昭和六〇年一〇月一日から同月二〇日までの間、前後六〇回にわたり、佐世保市内において、C女ほか二三名の需要に応じて運賃合計三万六五五〇円を徴し、同人らを自己が所有し、右Bが運転する軽四輪貨自動車を使用して運送し、もつて一般乗用旅客自動車運送事業を経営し

第二  従業員Dと共謀のうえ、別紙一覧表(二)記載のとおり、同月一日から同月二〇日までの間、前後三六回にわたり、同市内において、E女ほか一四名の需要に応じて運賃合計二万三二七〇円を徴し、同人らを自己が所有し、右Dが運転する軽四輪貨物自動車を使用して運送し、もつて一般乗用旅客自動車運送事業を経営し

第三  従業員Fと共謀のうえ、別紙一覧表(三)記載のとおり、同月一日から同月二〇日までの間、前後五八回にわたり、同市内において、G女ほか二〇名の需要に応じて運賃合計二万九三六〇円を徴し、同人らを自己が所有し、右Fが運転する軽四輪貨物自動車を使用して運送し、もつて一般乗用旅客自動車運送業を経営し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

罰 条

判示所為につき包括して刑法六〇条、道路運送法一二八条一号、四条一項

刑種の選択

懲役刑と罰金刑を併科

懲役刑と執行猶予

刑法二五条一項

換刑処分

同法一八条

訴訟費用

刑事訴訟法一八一条一項本文

(弁護人の主張に対する判断)

第一弁護人らは、被告人は、長崎県サービス生産共済生活協同組合(以下「生協」という。)を設立することの企画に参加し、その「設立中の生活協同組合」であり同時に民法上の組合である右生協の発起人会である長崎県キャブ共済会(以下「共済会」という。)が生協組合員の募集行為をするにあたり、自己の所有する軽四輪貨物自動車を共済会に使用貸借し、同時に、自己の下で働いていたD、F及び、Bを共済会に派遣し、生協組合員予定者である共済会会員に右自動車を利用させたものであるにすぎない。換言すれば、本件は、被告人ら右共済会会員が同会保有の車両を特定人である同会の利用者会員と共同使用した(道路運送法一〇〇条一項)ものであり、不特定の他人すなわち「一般旅客」を運送したものではないから、同法四条一項、一二八条一号に該当する一般乗用旅客運送事業を営んだことにはならない旨主張するので判断する。

一道路運送法四条一項の「一般自動車運送事業」は一般乗用旅客自動車運送事業を含み、同事業とは、常時不特定の他人の需要(運送要求)に応じ、反覆継続の目的で、有償で自動車を使用して人の運送行為をする事業をいうものと解するのが相当であり、運輸大臣の免許を受けないで同事業を経営した者は同法一二八条一号に該当することになる。

二(一)  前掲各証拠によると、右生協に関する第一回発起人会議は昭和六〇年六月二五日被告人ら一一名が出席して開催されたが、その際、「消費者の要望が強いので従前のキャブ型軽自動車による旅客運送を続ける。これがいわゆる白タク行為にならないため厳格に会員証を発行しその所持者だけを運送する。会員にはその場でなつてもらうのではなく、まず申込をしてもらい、発起人会でその資格を検討し、入会可となつた後、入会金と引換えに会員証を発行する。車の所有者は共済会と車の使用貸借契約を結び、共済会会員の共有する車を同会員が皆で使用する形とする」旨協議し、その後共済会と各車所有者との間に車所有者が共済会に車を無償で貸し渡す旨の契約書が作成されていることが認められる。

(二)  そこで、右共済会等の実態について検討することとするに、前掲の各証拠によれば、次の各事実が認められる。

①前記生協は本件犯行当時未だ行政庁の設立認可も受けておらず、消費生活協同組合法の定める消費生活協同組合とは認められないこと、②本件共済会には被告人やその経営するA軽運送店従業員であるB、D、Fら六名位及び各自が使用する自家用軽四輪貨物自動車を所有しているHら一〇名位の自家用軽四輪貨物自動車の運転に専従する会員(以下「運転手会員」という。)と、C女ら右自動車を利用して運送されるにすぎない会員(以下「利用者会員」という。)とに分かれていたこと、③右利用者会員は同六〇年七月ころから同年一〇月二二日までの間に、佐世保市内で約五一三名であり、その加入手続は何らの資格制限も資格審査もなく、身元を証明するための住民票・身分証明書等の書類の提示も要求されておらず、誰でも出資金五〇〇〇円の内金一〇〇〇円を払い込んで共済会加入申請書に住所・氏名を記入し、顔写真一枚を提出しさえすれば簡単に会員資格を取得できたこと、④利用者会員の大多数が、運転手会員から車を利用する機会に「今後会員でなければ利用できません」という程度の説明を受け、右申請書を渡されるだけで、共済会の趣旨・目的・運営方法等についての説明はほとんどなされず、また自らその認識を得ようとする態度に出ることもなく、ただ料金が安い(三割位安い)タクシーという考えで共済会の軽四輪貨物自動車を利用しており、その利用方法は、利用希望者が被告人のA軽運送店に電話で利用を申し込み、これを被告人が雇つていた事務員や被告人及びその妻が受け、無線で運転手会員に利用希望者の所在地・氏名等を連絡して運送を指示し、右指示を受けた運転手会員が利用希望者の所に赴き、会員証の提示まで求めることはほとんどせず、一応会員かどうか尋ね、会員でなければ加入を勧めたうえで、後日会員になる旨答えた者も含め、利用希望者を車両に乗せ目的地まで運送し、距離に応じた利用料を利用者から徴収していたが、会員でないことがはつきりしていた者や、会員である他人の名前を使つていた者をも運送していたこと、⑤運転手会員のうち被告人の従業員である前記B、D、Fらは、日々の運送収入を被告人またはその妻に渡し、被告人から日々の収入の半分を給料として支払いを受け、各自所有の車両を使用していたHらは、毎月一万円を被告人に支払い残りは各自の収入として取得していたし、また共犯者Dらは被告人の従業員としての実感でしかも自らいわゆる白タク行為をしているのではないかという認識で運送行為を行つていたこと、⑥共済会会員名簿は正確詳細に整備されていなかつたため、その会員数や範囲を正確に把握することはできず、被告人の事務所から運送を指示する際にも利用希望者が共済会会員であるか否か会員名簿で確認することができず、確認してもいなかつたし、また、前記第一回発起人会議に消費者すなわち利用者代表として出席し共済会代表者に選出されたIは、被告人の兄の依頼により出席したが、ただ単に形だけの代表者となつた感じしか抱かず、同会の運営・管理に携わる意識は全くなく、同会のその後の会合には出席せず、経過報告も受けず同人名義で預金口座を開設することを共済会に許諾したが同会の金員の入出金の実態は何も知るところがなかつたし、その他利用者会員には将来組織される見込みの生協の定款の規定の上ではともかく現実には共済会の運営に参加する機会は全く与えられていなかつたこと、⑦利用者からは利用金の名目で運送距離に応じ、初乗り二キロメートルまで二七〇円、その後四二五メートルごとに五〇円加算の割合で料金メーターで計算した額を徴収していたこと、⑧被告人は収受した右利用金の中から自己が所有し、B従業員が使用していた軽四輪貨物自動車の燃料代・修理代・自動車保険料及びBら従業員の給料に支出していたこと等が認められる。

三以上二の(二)において認定の諸事実によると、利用者会員は共済会または生協の構成員としての実質を全く伴つておらず、むしろ形式的に共済会加入の手続をとらせ、単に名目上構成員たらしめようとする脱法行為にほかならず、実体は、利用者会員は道路運送法二条二項の旅客たる他人であり、前記B、D、Fらは共済会会員とは名目だけで、被告人経営のA軽運送店の従業員として、被告人の指示の下に、他人の運送行為に従事し、運送により利用者から収受した収入に応じ、その五〇パーセントを被告人から給料として支給されていたもので、実体は営業用タクシーの運転手と異ならず、利用金はその額が普通の営業用タクシーの料金に比して三割位低廉ではあつたが、実質的には何ら営業用タクシーの料金と異なるところはなく、右利用金名目で徴収される金員の多募による利害は被告人の得失に帰するもので営利目的があつたものというべきである。

四道路運送法一〇〇条一項の「自家用自動車を共同で使用する場合」とは、同法の立法趣旨・目的ならびに他の関係諸条項による種々な規制があるにかかわらず特に本条項が設けられた趣旨から考えると、「二以上の者のそれぞれが他人の需要ではなく自己需要のために自動車を使用する場合で、しかも共同で使用する者が特定しており、これらの者の間において、具体的な運送行為に先立つて、あらかじめ、それぞれが自動車の使用及び管理に関する実質的な権限と責任を有するとの合意が存在し、その態様が自動車運送事業の経営に類似していない場合をいう」と解するのが相当である。

弁護人及び被告人らは、本件共済会は自家用軽四輪貨物自動車を共同で使用するものとして結成された団体であると主張するが、前記二の(二)において認定のとおり、その構成員は少数の自動車の運行及び管理を行う被告人及び共犯者ら運転手会員と極めて多数の自動車の運行を単に利用する利用者会員とが明確に分化しており、利用者会員は単に料金を運転者会員に支払つて運送してもらうのみで、それ以外には自動車の使用及び管理に関する実質的な権限も責任も有さず、自動車の運転・保管・修理は被告人及び共犯者らが行い、自動車購入費・ガソリン代・修理費・自動車保険料等自動車に関する経費一切は被告人及び車所有者である運転手会員が負担していたもので、被告人がBらに指示して他人である利用者会員の需要に応じ、被告人所有の自家用軽貨物自動車を使用して利用者会員を運送して運送距離に応じて料金を徴収していたことは明らかであるから、被告人の本件犯行が同法一〇〇条一項の「自家用自動車を共同で使用する場合」に当たらないというべきである。

五以上、要するに、被告人らの本件行為は、運輸大臣の免許なくして他人の需要に応じ自家用自動車を使用して有償で旅客運送行為を反覆継続的に行い一般乗用旅客自動車運送事業を経営したものと認められるから、弁護人らの主張は採用できない。

第二弁護人らは、①被告人らは、特定人である共済会員の需要に応じたのにかかわらず、加入脱退は自由とし資格制限を設けず加入時には不特定の他人の需要に応じた配車をしたから「不特定の他人」であるとするのなら、それは、通常の判断能力を有する一般人に対して「不特定人のための運送行為」と「特定人のための運送行為」とを識別するための基準を明示せず「刑罰の対象となる行為をあらかじめ告知する機能」を有するよう運用されたものとはいえず、運用上は罪刑法定主義(憲法三一条)に違反にする旨、②本件のような自家用自動車の共同使用事業については、九州運輸局長崎陸運支局は、自動車運送事業の経営に類似していない限り許可しなければならないのに、その内容を全く検討しないで、直ちに一般乗用旅客自動車運送事業であると認定し、刑事罰をもつて取締ろうとする態度は、よりゆるやかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によつては目的を十分に達成できないと認める措置をとることを怠つたものとして、その運用上職業の自由(憲法二二条一項)に違反する旨、それぞれ主張するも、①については前記のとおり所論の点のみをとらえて「不特定の他人」を運送したものと認定したものでもなく、②については被告人らの本件運送行為を自家用自動車の共同使用事業であると認定したものではないこと前示のとおりであるから、いずれの点についてもその各前提を異にする立論であつて採用の限りでない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官池田久次)

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